My Lost Dream

13ヶ国18都市を駆け抜けた2ヶ月間のお話。

このペースで書いてたら1年以上かかる

Day1:Vladivostok , Russia

 

 

 

私には過去2度の海外渡航で計8ヶ国を巡った経験がある。だがゼミ合宿や留学中に出会った人を除くと、日本人の旅人と出会ったのはたったの1度きりだった。だから日本人と会話する機会などほとんどないと考えていた。

 

 

 

-日本人ですか?-

 

 

 

それだけにこの一言、この出会いはとても嬉しかった。日本を出国したばかりでなければ抱きついていたかもしれない。

 

 


私を不安から解放してくれた彼の名前は小田さん(仮名)。一時帰国を経て昨日世界一周を再開させた本格派バックパッカーであった。予期せぬ出会いに人見知りはすっかり姿を晦まし、私達はすぐに打ち解けた。互いの旅のエピソードに始まり、小田さんのインド一周やローカルすぎるお祭りに参加した話で盛り上がる。ロシア語の飛び交うドミトリーで日本語が話せる安心感は計り知れない。荷物のことなどすっかり忘れ、私達は徒歩10分のところにあるスーパーへ向かうことにした。せっかくの出会いだから乾杯しようと誘ってくれたのだ。

 

 

 

意気揚々と寒空の下を歩く2人。だが私達は早速文化の違いを感じる羽目になる。酒を調達しに行った小田さんの手には空のカゴ。”買えなかった”とか細い声で言う。どうやらロシアでは22時以降のアルコール販売は法律で禁止されているらしい。時計の針はちょうど0を指している。前の男性は買えたが22時きっかりでシャットアウトされたとのこと。日本では24時間いつでも酒が手に入るだけにこの制度にはさすがに面を食らった。タイミングが悪かったね。そう言って仕方なくバニラ風味のコーラを買い帰路につく。アルコール類の規制は今日の寒空より厳しい。

 

 

 

玄関につくと階段でロシア人2人とすれ違う。彼らもここのゲストなのだろうか。そんなことを考えているとおもむろに握手を求めてきた。彼らにとってはごく普通のスキンシップ。だがエレベーターで乗り合わせても”おはようございます”の一言も交わさない国で生まれ育った私にとっては、こんなちょっとした光景もほほえましく感じる。

 

 

 

ダイニングに席を取り、買ってきたコーラで乾杯。小田さんはスーパーで買ったお惣菜を、私は日本から持ってきたおにぎりを食べる。母が朝握って渡してくれたおにぎり。私はまだこのありがたさを分かっていない。

食事を終えると順にシャワーを浴びる。この後旅中では何度もホットシャワーのないドミトリーに出くわすことになる。真冬に冷水を食らうこともしばしばあった。だがこの時はそのありがたみにも気づいていない。

 

 

 

当たり前は当たり前でなくなった時初めてそのありがたみに気づく。私は海外から帰国する度に自分の置かれている環境のありがたさを強く感じる。だがその感情はあっという間にリセットされ、ありがたみは当たり前に戻る。

毎日生きていることに感謝している人は少ないだろう。それは自身に生を失った経験がないからである。だから全ての物事に感謝しようとは言えない。ただ、

 

 

 

-失われて後悔してしまうような当たり前だけは、大切にしよう-

 

 

 

それがこの旅で得た最初の教訓であった。

 

この日のシャワーは温水だった。

 

 

 

 

 

シャワールームから出ると程なくして先程のロシア人が私たちをタバコに誘う。我々は2人ともタバコを吸わないがせっかく話しかけてくれたのだ。再び寒空の下へと繰り出した。彼は留学生。このドミを住処に数ヶ月ウラジオへ滞在するらしい。彼とは拙い英語を使い会話するが彼の英語もまた拙い。ロシア人の英語は日本人と同等だと思うと少し親近感が湧く。

 

会話の弾んだ私達に彼はバーで飲む提案をしてきた。向こうも親近感を感じていたのだと思うと嬉しかったが今日は初日、疲れていたのでやんわりと断る。ここでハッキリ断れないのが日本人の悪い癖だ。彼は察したように渋々諦める。おそらく"なんてノリの悪い旅人だ"と思ったことだろう。しかしウラジオでの観光は明日1日のみ。ウォッカで羽目を外し二日酔いになることだけは避けなくてはならなかった。

 

すると今度は春を買わないかと提案してきた。おそらくまだ寝るには早いと感じていたのだろう。値段は3000ルーブルポッキリ。美女大国として知られるロシアで色白の女性を抱くことは若い青年の夢であった。だが先は長い。この夢を初日に叶えるのはもったいない気がした私はこちらもやんわりと断る。思い返せば夜遊びを検討したのは初日にしてこれが最後だった。

 

 

 

小田さんと肩を落とすロシア人に挨拶をし、揺れるベッドの上段に身を投げる。

長い長い1日はようやく終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

私は今、花粉症と闘いながらこの記事を書いている。

 

あれから2ヶ月半。

 

今でもこの日のことを鮮明に覚えているのは

 

それだけこの日が

 

この旅が

 

待ち遠しかったから。

 

 

 

 

 

1日目の終わり、旅はまだ始まったばかりだ。