My Lost Dream

13ヶ国18都市を駆け抜けた2ヶ月間のお話。

脱出計画

Day2:Vladivostok



まだかまだかと何度も時計を見る。分針はなかなか進まない。
心の中は期待が半分、不安が半分といったところか。



世界一周をこの街からスタートする意味。もしかしたら旅好きの人なら気づくかもしれない。ロシアはウラジオストク、この街はかの有名なシベリア鉄道の始発駅である。シベリア鉄道といえば全長9288mの世界で最も長い鉄道として知られており、約1週間かけてロシアを横断する。



世界を旅するようになってから、この列車に乗ることは私の夢の一つであった。計画を立てるときもこのルートを最優先に考えた。だけあってこの日は終始気持ちが落ち着かなかった。



宿に戻り、身支度を整える。出発までは7時間ほど残っていた。しかし私はこの日この宿の予約を取っていない。チェックアウトは11時だが100ルーブル払い手荷物を預けていた。ドミトリーやホステルでは荷物さえまとめればチェックアウト後も共有スペースに居てよいことが多い。もちろんそれは常識の範囲内での話だ。だが列車の出発時間は深夜0時半。眠りもしないのに宿を取るのももったいないし、大きな荷物を抱えて駅の待合室に数時間いるのも大変だ。私はできるだけ宿の共有スペースで粘ることにした。



私は小田さんと共に食事をし、ソファでくつろぎ、シャワーまで浴びる。近くにはホストもいて何度か目が合ったが、特に何も言われることはなかった。駅までの道のりは多く見積もっても20分ほど。23時半過ぎに宿を出れば十分だった。しかし、22時を回った頃、ホストは突然私の前に現れこう告げた。


”ユー・ペイ・マニー” 


恐れていた事態である。
私はすぐに出ていくと伝えたが、彼女は首を横に振る。ここで追加料金を払いたくはない。何とか免れようと私は英語で話そうとするが、彼女は聞く耳を持たない。すると隣にいた女性がホストは英語が話せないと私に教える。私は彼女にホストに考えを改めるよう説得してほしいと告げるが、通訳役の彼女は”ホストの言うことなので”と通訳を拒む。私はしぶしぶ彼女らにお金を払うと約束を交わした。

私を軽く睨みつけて去っていくホストと入れ替わりに小田さんがこちらへやってきた。彼自身はこの日もここで滞在するので問題はない。”俺も粘るつもりだったから厄介だな。” 小田さんは渋い表情を見せそう言った。何はともあれこうなってはもう共有スペースには居座れない。かといって残り1時間で1泊分の宿泊費を捻出するのももったいない。

そこで絞り出した私の選択は、ホストの目を盗み宿を抜け出すことだった。

玄関と共有スペースは直線上にあるが、荷物置き場から共有スペースは見えない。小さい方のバッグを小田さんに預け、タイミングを見計らう。そしてホストとその子分が玄関から目を離した隙にダッシュで靴を履き替えドアを開けた。階段を駆け下り、玄関の物陰に身を潜める。しばらくして小田さんが私のバッグを背にやってきたところで私の緊張は解けた。どうやらホストにはバレていない様子。無事脱出に成功した。小田さんに深々とお辞儀をし、宿を去る私。雪で見えなくなるまで小田さんは手を振っていてくれた。振り返るとこの日は最後まで小田さんにおんぶにだっこであった。未だ止まない雪は、彼への感謝を表すように街に降り注いだ。



ネオ・ロシア様式の駅舎の先に、白を纏った鋼鉄の列車が佇んでいた。