My Lost Dream

13ヶ国18都市を駆け抜けた2ヶ月間のお話。

雪国のサバンナ

Day1 : Vladivostok , Russia





見慣れたシーンに早送りのボタンを押していた手は慌てて一時停止を押す。
どこか懐かしいようで、それなのに新鮮な光景。
その手は自然と再生ボタンへ伸び、映像はゆっくりと流れ始めた。







成田を出て2時間半。S7航空の機体は最初の目的地であるロシア・ウラジオストクへ着陸した。時刻は19時。意外にも日本より1時間早く進んでいる。



預けたバッグを手に取り到着ロビーへ進むと、ロシア語より先に聞こえてくるのは"Taxi"という聞き慣れた英語。だがその感覚は新鮮だった。
日本ではタクシーの運転手が自ら営業を掛けてくることはまずない。しかしその当たり前は海を越えない。大抵どの国でも到着ロビーではこうしてドライバーがお出迎えしてくれる。時には”ニーハオ”のオマケ付きで。
東南アジアを周遊した前回の一人旅から約1年ぶりの海外。本来鬱陶しいはずのこの光景も、この時ばかりは新鮮に思えた。



エスカレーター近くのATMに手数料のかからないマシンがあるとの情報を得ていた私はそのマシンからロシアルーブルを引き出す。5000ルーブル。日本円にして約8700円分だ。引き出したホカホカの現金を手にし、真っ先に向かうのはsimカード売り場。3週間過ごすロシアではさすがに電波が欲しい。しかしそこはお財布と相談。祈る思いで価格を見る。



-500ルーブルで3週間ネット使い放題-



気は確かか?そう言いたかったが、生憎私のロシア語リストにはプーチンゴルバチョフしかなかった。



先ほどから狭い空港内を歩き回っているが、ドライバーは文字通り金魚の糞のように私の後ろをついてくる。ここまで粘り強いのも珍しい。無論私にはタクシーに乗る予算など持ち合わせていないので、彼らを振り切るように外へ出た。久しぶりに見る白の世界。感動に浸る間もなく停留所を探し、バスとは名ばかりの乗り合いバンに乗り込む。通路を挟んだ隣には2人の日本人が座っている。飛行機でも前の座席に座っていた女子大生だ。荷物が当たらないようお互いに気を使う。なんとも日本人らしい光景である。日本を出てすぐということもあり私は未だに人見知りモード。"どのくらい滞在されるんですか?"という言葉はおそらく入国審査で没収されたのだろう。



ほどなくしてバスはウラジオストク駅へ着いた。”2時間半で行けるヨーロッパ”のキャッチフレーズで知られる街、ウラジオストク。最近では羽田からの直行便就航もありますます脚光を浴びている。

そんな人口60万人の港町はロシアでは南部に位置するとはいえ緯度は北海道と変わらない。ひどい末端冷え性の私はロシア入国を決めてから寒さ対策には抜かりがなかった。ユニクロのウルトラライトダウンを筆頭に、最近流行りのワークマンでこれでもかと防寒グッズを買い込んだ。その甲斐あって今のところ寒さはみじんも感じない。もう吉幾三に足を向けて寝られないな。そんなことを思いながら凍った坂道を慎重に登った。

駅から宿までは飲食店やスーパーが少しあるだけで人通りも少ない。広がる未来など微塵も感じられぬまま目的地と思しきに建物の前についた。だが看板が見当たらない。もしや1本奥の道か、と慌てる私。坂の多いこの港町では道を1本間違うだけでとてつもない回り道になる。既に悲鳴をあげている肩にこれ以上負担はかけられない。直感で唯一鍵のかかっていない敷地に入り様子を伺う。建物内に入ると受付らしきものは見当たるが、誰もいない。宿ではなかったか。そう思い振り返るとそこには真冬にしてはどう考えてもラフすぎる格好の女性が立っていた。彼女を見た私はここが宿であることを確信し、真っ先に25kgの重荷を下ろす。肩と脚は今にも泣きだしそうだ。チェックインを旨を伝えると彼女はドミトリールームから別の女性を連れてきた。こちらが本物のホストのようだ。



大した活動はしていないのに酷く疲れている。多少のブランクを考慮に入れつつも、この先の旅に一抹の不安を覚えた。そんな私にさらに追い打ちをかけるように更なる不安が襲う。



バゲージルームのあるドミを選んだはずなのに、案内されたのはただの通路。シャワールームの前に設けられた狭いスペースに数多のバックパックが置かれている。"監視カメラがあるから平気よ"とジェスチャーで伝えるホスト。その横を何人ものゲストが通ってゆく。”いつ盗まれてもおかしくは無い” 貴重品だけベッドへ移しつつ、この状況に不安を感じていると1人の男性がこちらを凝視していることに気づく。



すこぶる目の悪い私は相手に向かって鋭い眼光を向ける。まるで獲物を奪い合うサバンナのような空間。しかし先手を打った彼から出た言葉は意外なものであった。