My Lost Dream

13ヶ国18都市を駆け抜けた2ヶ月間のお話。

バケットリスト

暖かな日差しが眠気を誘う昼過ぎ、キーボードに水滴が落ちないようにアイスコーヒーを飲み干す。こんなことをしている場合ではないことは分かっていた。だが息を抜かずにはいられなかった。

 

 

聞き慣れた質問に決められた答え。自分を偽る毎日に心底うんざりしていた。そんな就活生の唯一の楽しみは旅の計画を立てること。行きたい国を箇条書きにし、予算やルートを練ることがこのストレス地獄からのたった一つの抜け道であった。

 

 

それからしばらくして9ヶ月間の夏休みが決まると、私はアルバイトに明け暮れた。若者で溢れかえる渋谷と治安が悪いことで有名な地元を行き来するだけの日々。壁でも建てられたかのように首都圏から出ることはなかった。スマホを開けば画面の中で友人が旅行を楽しんでいる。仲間や恋人と楽しい時間を過ごす人々を尻目に、私は働き、酒をしばき、そしてたまに息を抜いた。

 

 

全ては最後の夢を叶えるため。

旅のことを思えば1日14時間労働も苦ではなかった。

 

 

 

季節はあっという間に流れ、色とりどりのコートが街を彩る。1週間前に資格試験を終えたばかりの私はそんな都会とは打って変わって成田空港にいた。 あの夏の日に練った計画をいよいよ実行する時が来たのだ。

 

 

高速バスのトランクから2つのバックパックを取出し、前に32ℓ、後ろに80ℓのバックパックを背負う。5分も歩けばショルダーストラップは肩に食い込んだ。予算削減のため5000円で買ったバッグなのだから機能性が低くても文句は言えない。肩に力を入れながらカウンターへ向う。

 

 

 

旅の目的はただ一つ。

 

 

バケットリストの最後の項目を埋めること”

 

 

それだけ。

 

 

責任感の強い私はこういう時、余計な目標やミッションを設定すると気負ってしまう。結局それが、私から純粋な旅の楽しさを奪っていた。過去2度の海外一人旅を経て得た反省点だ。

 

だからこの旅では自分の好きなように過ごそうと決めていた。せっかくの自己成長の機会に何もしないことに多少のうしろめたさはあったが、そんな気持ちはラーメンを啜りかき消した。成長の機会は世界が自ずと与えてくれる。そう信じ出国ゲートまでの道を振り返らずに歩いた。次の国に備え着込んだヒートテックのせいで汗がじんわりと背中を伝う。

 

 

自動化された扉を抜け、緑色の機体を観る頃には先ほどまでの不安も期待に変わっていた。高鳴る鼓動というものをこれほど実感したことはない。それもそうだ。2年前に初めて海外を旅してから、いつかこの夢を叶えたいと思っていたのだから。こういう時実感はいつも後から追いかけてきたが、この日ばかりは例外だった。

 

 

夢にまで見た計画がついに現実となる瞬間。落ち着かない私はスマホに保存してあるバケットリストを開き、勢いよく唯一の空欄にチェックを付ける。

 

 

 

 

 

 

 

☑世界一周の旅に出る

 

 

 

 

 

 

夢は失われた。