My Lost Dream

13ヶ国18都市を駆け抜けた2ヶ月間のお話。

港の見える街

Day2:Vladivostok Russia





思い出を振り返る時、"1ヶ月前の今頃は…"なんて思うことがある。今朝窓の外を見た時も同じようなことを思った。昨日の今頃は目を覚ましてもいつもの部屋がそこにあったのに、今日は違う。

港から道路1本挟んだ高台にあるドミトリーからは、一晩で降り積もった白い雪が見える。吹き付ける吹雪は窓を割る勢いだ。

港、雪、丘。全てが普段目にすることの無い光景。
夢から醒めても私は夢の中にいた。



今日は朝10時に小田さんと約束をしている。せっかくだから一緒に街を回りませんかと昨晩誘ってくれたのだ。小田さんはカメラを何台か持ち外へ出る。私もGoPro7を従えカメラマンに続く。この日は念願のGoProデビュー。無知な私はフレームを持ってくるのを忘れてしまったため素手でGoProを持つ。これには2人とも苦笑いだ。



扉を開けると街は一面真っ白に染まっていた。一歩一歩前へ進むが、そのペースは昨夜の倍くらい遅い。たった一晩でここまで積もるのか。ロシアの冬が徐々に本性を現してきたようだった。



港で眠る無数のフェリーやクルーズ船達は真っ白に化粧をしている。全ての船に被せられた白いシートはより白の世界を私達に印象づけた。冬の景観を損なわないために所有者達が意図的に白いシートを被せているのだとしたらそれはまさにワンチームだ。港に沿って歩く我々"湾チーム"も、ウラジオの人達に負けじと吹雪の中声を掛け合い連携を取る。激しい高低差に加え、雪と凍った路面は容赦なく急造チームの足の体力を奪っていく。



適わぬ自然に文句を垂れる2人。しかしその言葉とは裏腹に私は心でワルツを踊っていた。せっかくロシアに行くのなら本場の厳しい冬を味わいたい。そんな風に思っていたから。

自然の前に人は無力である。

そんな言葉は雪となって私の肌に触れた。きっとこんな雪などこの国にしては序の口なのだろう。そう思うと更なる純白の世界に期待を抱いた。



中心地につくと遊園地が見える。当然観覧車やアトラクションは止まっていた。ウラジオの主要観光スポットは2つ。その内噴水広場と呼ばれる通りはこの遊園地にほど近い位置にあった。通りに面してかわいらしい建物が立ち並び、様々な店が出店している。中央は歩道になっていて坂を上るとシンボルの噴水越しに港が見えるのがこの通りの売りだ。生憎この日は吹雪が海までの視界を遮った。港町と雪は案外相性が悪いのかもしれない。



ちょうどその頃お昼時にさしかかったので、私達は近くのロシア料理店で昼食がてら暖を取る事に。昨日のうっ憤を晴らすように昼から麦酒で喉を潤す。酒の肴はピロシキとビリヌイ。初めてのロシア料理であったが思ったよりも我々日本人の口にあっていた。



味違いのビリヌイを交換し合う2人。小田さんの満足気な表情が皿の上に浮かぶ。

シェアという行為は2人以上いなければ成立しない。一人旅における最大の難点だ。だが案外奥が深い。お互いの持ち物を手に入れるだけでなく、同時に安心という副産物も得ることができる。思い出、情報、現在の心境、食べ物。シェアとは人の存在を身近に感じる1番の行為だ。恐らく小田さんに出会っていなければ、この先の旅も不安が付きまとっていたに違いない。人はやはりどこかで人を求めているのかもしれない。結局人は1人では生きれないのだ。





ロシア料理を平らげ目指すはもう1つの観光スポット、鷲の巣展望台。この展望台からは金角湾にかかる巨大な黄金橋とウラジオの街全体を見渡すことができる。標高約200mの高台まではロープウェイもかかっているが私達は徒歩で向かうことにした。店で温まった甲斐あって身体はすこぶる快調だ。



この日一番の斜面を歩く2人。この道中気づいたことがある。それはロシア人がみな徹底して右側通行しているということ。その傾向は顕著で、左側から前の人を追い抜くのではなく、歩道から車道に飛び出してまで右側歩く人も少なくなかった。昨晩のアルコール販売然り、ルールに従順な姿はお国柄をしっかりと反映しているようだ。まさにおそロシアである。



そんなことを考えているうちに展望台付近へとたどり着いた。頂上までの道のりは観光地とは思えないほど整備されていない。石段は高く積まれ、金網のフェンスはところどころ破られている。入場料もないのだからこのくらい当然かもしれない。というよりむしろ観光地として整備されたスポットより少しさびれた場所の方が人工感が薄れ、自然に近い感じがして個人的には好みである。



この日は天気のせいか、オフシーズンのためか、旅行客は私達の他に2組ほど。どちらも韓国人であった。ウラジオは韓国からも近く陸地続きのため韓国からの観光客が多い。駅周辺や噴水通りには時よりハングルが見受けられた。日本人にとっては穴場でも韓国人からしたらもっと身近なのかもしれない。



高台からの街は雪で見えづらいものの、私の中での満足感は天気をも凌いだ。貨物船やフェリーなど様々な船が港に停泊しているが、その中でも軍艦はひときわ大きな存在感を放っている。
それを覆い隠すように高くそびえたつ黄金橋は横浜ベイブリッジと同じくらいの規模。だが巨大な港やビル群を背景にたたずむ横浜に比べ、小さな港街に建てられた若干7歳の橋は他を圧倒する勢いでそこに佇んでいた。
広大な景色を眼下に唖然とする私。まるで全世界を制覇したような気分でいる。もちろんキリマンジャロの山頂やマチュピチュほど高くもないし、自然や歴史を感じられるスポットではない。だが、見慣れない世界にいるというだけで、それらを凌駕する達成感が私にはあった。今朝の感覚は間違っていない。私は今、夢の中で生きている。自分が自分にそう語り掛けた。



滑る石段をそっと降り、軍艦の居座る港、そしてウラジオストク駅を経由し宿へと戻る。港では雪がこの日一番強く吹き付けた。同時にこの日一番美女を見た。私と小田さんは街ゆくロシア人を嘗め回すように見て歩いていたが、美女が横を通り過ぎても追いつくことは出来なかった。ロシア人は歩く速度が早い。これもこの日気づいたことだ。美人を見てはしゃぐのに年齢差は関係ない。これは小田さんを見て気づいたことだ。



宿には17時頃着いた。クタクタに疲れた私達は各々自分の時間を過ごす。今日もホットシャワーは当然のように流れた。

今にもベッドで眠れるくらいの気分だが、この日私にはまだ重要な任務が残っている。



正確には日付が変わった0時半頃。
男の浪漫は足音をたて
この街に近づいていた。